東方音楽とボーカロイド
1.はじめに
お久しぶりです。ゆーりです。19日の記事を読んでいただいた方、ありがとうございます。
今回は個人的な話ではなく、東方projectの音楽とボーカロイド音楽の違い、交差しない理由について普段考えていることを書けたらなと思っています。最近でこそプロセカが東方とコラボしたり、少しは交流の形が見えることがありますが、東方の二次創作としてのボーカロイド曲とか聞いたことがないですよね。両者ともニコニコなどのネット文化を下地として成長するなど性格的には似てるところも多いはずなのに、そういうのがないのが個人的にものすごく不思議でして、、、。ぜんぜん論文レベルとかそういうのには程遠い完成度ですが、なんとなくで読んでいただけたらと思います。
なお、ここで書かれているボーカロイドに関する情報の一部は柴那典さんの「初音ミクななぜ世界を変えたのか?」という本を3年前くらいに読んだ知識を元に書いています。かなりうろ覚えの箇所がある状態で書いているので(読み直す時間がありませんでした、ごめんなさい)、そちらもぜひ読んでいただけると幸いです。
2.両者の音楽的な違い
2-1.それぞれの起源
まずは、両者の起源について振り返っていきましょう。
東方projectは、ZUNさんの曲をもとに二次創作作品が作られるという形で広まってきたことはみなさんもご存じの通りだと思います。これは、ZUNさんが基本的に二次創作作品をOKとしているというのもありますが、そのスタンスについてZUNさんは①別に二次創作が作りやすいような音楽を意識して作っているわけではないこと②東方project自体が神や神社をもとにした二次創作のような物なので、あまりオリジナルと二次創作の区別を考えていないのかもしれない、ということを述べられています。私は高校生の頃、東方のこの文化について「二次創作を許可した結果界隈文化がめちゃくちゃ発展したの、画期的すぎるだろ」と思っていたのですが、今考えるとそもそもこういう形態をとれるのが東方project以外で見当たらないですし、そういう意味ではめちゃくちゃ特殊な文化なのかなと感じます。
ボーカロイドに関しては、そもそも初音ミクはクリプトン社が開発した際、当時一部の界隈で(世界レベルで)流行っていた「電子音楽の取引」の発展形として、歌える要素を追加した媒体を作ろうというのがひとつのきっかけだったと記憶しています。そのうえで、広まった要因として、「初めに」で登場した本の中に「第三のサマー・オブ・ラブ」と位置づけることができるとの記述があります。サマー・オブ・ラブとは何かと思われると思うので、AIによる要約を掲載すると、「「サマー・オブ・ラブ (Summer of Love)」とは、主に1967年のサンフランシスコを中心に起きたヒッピー文化のムーブメント、または1988-89年にイギリスで起こったアシッドハウス/レイブ文化のムーブメント(セカンド・サマー・オブ・ラブ)の2つを指し、いずれも愛と平和、自由な精神、ドラッグカルチャーを伴うカウンターカルチャー(対抗文化)の象徴です。また、この言葉自体が「愛の夏」を意味し、音楽(特にサイケデリックロックやハウスミュージック)やアート、ライフスタイルに大きな影響を与えました。 要するに、「サマー・オブ・ラブ」とは、特定の時代に若者文化が爆発的に盛り上がり、愛、平和、自由、そして新しい音楽・ライフスタイルを体現したムーブメントの総称です。 」とあります。要するに、2007-2011?くらいのボーカロイドの爆発的な広がりを欧米の歴史的な音楽ムーブメントと同一視しているということですね。筆者の方のイメージでは、電子音楽の一大ムーブメントがニコニコ動画などのネット文化を下地として、爆発的に広がっていったという認識なんだと思いますが、私もだいたいそんな感じじゃないのかなと思います。
ということで、それぞれの起源について振り返ったところで音楽的な違いについてみていきましょう。
2-2.閉じた音楽と開いた音楽
両者の違いを語るうえで外せないもののひとつはこれでしょう。東方の音楽は元にされる曲(すなわち原曲)という概念があり、それが数百曲と多く、いまでも新しい原曲が生み出されてるとはいえ、原曲ありきの二次創作なんですよね。そういう意味では良くも悪くも同じ雰囲気の曲が時代を超えて受け継がれていくといったイメージでしょうか。
ボーカロイドはもちろん原曲がないです。むしろ、今まで出てきた曲と違う雰囲気の曲が現れることを良しとする風潮すらあります。だからこそ、初期の頃と今の曲調ってけっこう違うわけですし、「これは曲ですか?」みたいな曲もありますよね。
つまり、東方は伝統重視で音楽の幅が広がっていかないもの、ボカロは革新重視でどんどん新しい形の音楽が出てくるもの、と違いを説明できると思います。個人的にこの差を生み出しているのは単に「原曲の存在があるかどうか」ではないと思っていて、次の章ではそれについてみていこうと思います。
2-3.キャラの活かし方
これも大きな違いです。
東方から見ていくと、東方には数百人のキャラがいるにもかかわらず、公式によって一人一人にかなり細かい設定が施されていて、キャラ同士の関係性も(二次創作でイメージづけられている部分も一部ありますが、)丁寧に設計されています。
一方で、ボーカロイドはキャラが少なく(厳密にいうとキャラは多いのですが、実際によく使われるキャラは数が限られています)、施されている設定もほんとに最小限です。しかも、ボーカロイドに関してはファンの中でイメージが作られていくというのがほとんどで、ミクのネギとか、リンレンのロードローラーとかですらそれにあたります。挙句の果てには、重音テトのように公式ではなくファン(?)が主体となって生み出されたキャラもいるわけで、東方とはキャラの背景周りの環境が違いすぎます。
これはそもそもボーカロイドを作っている会社が複数あるので(例えばミクとIAを作ってる会社は違います)、どこが「公式」かというのが曖昧なこと、あとはボーカロイドには東方のようなストーリーや世界観の設定が存在しないことが理由に挙げられると思います。
これがどう音楽に影響するかというと、音楽におけるキャラの活かし方が変わってきます。それこそミクはよく「仕事を選べないミクさん」とネタにされることもあるくらいで、ほんとに多様な解釈ができるようになっているんですね。なので、基本的にはどんな曲をどのキャラに歌わせても聞く側としては違和感を感じませんし、そもそもこのキャラに歌わせればよかったのにみたいなことが議論に上がることすら稀です。一方で、東方は「キャラに対応する音楽」があったりして、キャラの数×その少ない解釈の数しか音楽の種類が作れないわけで、もちろん組み合わせとかでその数は増やせるかもしれませんが、その数が無限か有限かというのはかなり大きな差ではないかなと感じます。
2-4.込められた想い
前章に続き、曲を作るうえでのキャラの関わりについて考えていきます。これを大まかにいうと「キャラの想いを自分で解釈して再構成し、表現している」か、「自分の想いをキャラに歌わせるためにキャラを調教しているか」の違いです。もちろん前者が東方で後者がボカロです。まあボカロでもDIVELAさんとか、あとは今日偶然見つけたTwinfieldさんのように、「ミクに歌わせるための曲」を作っている人も少数ながらいますけどね。ボカロPの曲を作る動機って、自分の中の考えやもやもや、社会の中にある問題や理不尽さ、あるいはほんとに自分の気持ち、そして自分の考えたストーリーをミクたちに歌ってもらおうというのがほとんどのはずで、乱暴な言い方をすれば普通のJ-POPと表現する媒体が違うだけという考え方もできると思います。(もちろんこれは言い過ぎで、ボーカロイドだから表現できることってものすごくあるんですけどね。)
一方で、東方の二次創作って「こういう曲を作りたい」って想いがあったとして、どうしてもそれをキャラの性格や関係性に落とし込まないといけないところがあると思うんですよね。基本的に多くの二次創作作品はMVがあったり、それがなくてもCDケースとかに何かしらキャラの絵が描かれているわけじゃないですか。やっぱりそこに描いてある、登場するキャラと何かしらの関連性を曲に含める必要はあるので、ある程度自分をキャラに寄せる必要がありますよね。ボカロはキャラを自分に寄せるので、そこはほんとに正反対なところなのかなと。でも東方ファンからすれば、その方が曲に親しみがわいたり、溶け込んでいきやすかったり、そういうところはあるのかなと思います。
2-5.恋愛音楽とネガ要素
前章の内容をもう一度まとめると、ボカロは「こういう曲を書きたい」→「このキャラでこう調教すれば自分の思っている歌声や音楽のイメージになるな」という流れで作られるのに対して、東方は「こういう曲が書きたい」→「このキャラやこの原曲をもとにして作るのがよさそう」→「じゃあ自分の考えをこう落とし込めば曲が作れそう」という流れで作られます。すなわち東方の二次創作音楽ってテーマ性が限られる部分が多いと思っていて、うーん私は幽閉サテライト以外ほとんど聞かないのでどういうテーマがあるかはわかんないんですけど、けっこうサークルごとにテーマ固まってますよね。あ、これも忘れないうちに書いとくんですけど、東方の二次創作のサークルとボカロPの数ってもうめちゃくちゃな差があるじゃないですか。そのあたりも、音楽の種類の多さ少なさとか、そのへんに影響していると思います。話を戻して、テーマ、幽閉サテライトさんだと恋愛ですよね。そういう感じでサークルごとにある程度のテーマ性があると思ってて、だからこそないテーマもあります。例えば東方の音楽で「死にたい」みたいなのが主題の曲ってまあほぼないじゃないですか。でもこの範囲の狭さがいい意味で、わりかし何でも二次創作が許されてる中で、東方という世界観を維持するうえで役立っているのではないかとも思います。
2-6.まとめ ここまで音楽の違いについてみてきました。一言でまとめると、作曲者とキャラ、どちらに主体性があるのか、あとは公式ベースかファンベースかというのがボカロと東方で違うんですよね。ほかの音楽ジャンルで考えるとどうでしょうか。クラシックは上の世代の作曲家の曲を原曲とすることもある一方で、新しいジャンルを開拓する人もいますから、両方に当てはまると思います。J-POPとかいわゆる一般的な曲はボカロタイプがほとんどですよね。やっぱり東方が特殊なのかなー。このあたりはそのうち研究したいテーマではあります。
3.受容のされ方の違い
3-1.そもそもゲームか音楽か
これも大きい話ですよね。東方ファンの方って、もちろん私みたいに音楽から入って音楽メインで受容している人もいると思うんですけど、もともとはゲームですから、原作メインで東方を楽しんでいる人とか、あとはアニメとか同人誌とか絵とかそっちの方で楽しんでいる人がいたりとか、様々な受容の仕方があると思います。つまり、「音楽がメインとはっきり言えない」ということですね。むしろ、何がメインかと言われれば私は原作だと思います。
一方で、ボーカロイドは当然ながら音楽が元となって、そこからプロセカとかのゲームが生まれています。つまり、東方とボカロだと音楽の階層的な位置づけが異なります。
3-2.閉じたゲームと開いたゲーム
これは完全な余談になってしまうのですが、ゲームにおける東方とボカロの関係性って、音楽におけるそれとは真逆のイメージがあります。ボカロのゲームってプロセカしかないですよね(他にあったらごめんなさい)。なんか、プロセカが「公式」すぎて、他のところに広がっていかないじゃないですか。これって東方の原曲文化と似たようなところがあると思っていて、逆に東方は元々もゲームですけどダンカグとかロスワとかどんどん新しいゲームが出てきますよね。私は東方幻想クリッカーっていうよくわかんないゲームを1ヶ月くらいやってたこともあります。上手く言えないですけど、この辺の関係性が音楽とは逆だなと思って、ほんとにどうでもいい余談でした笑。
3-3.西洋音楽と東洋音楽
これは最初の起源のところでも触れましたが、東方の音楽は神社などの東洋的なものからきているのに対して、ボーカロイドは最初の出発点が電子音楽、西洋的なものから始まっています。
これって海外への進出の観点でも違いがみられるんですが、東方は基本的に中国とか台湾が中心ですよね。幽閉サテライトさんなんかはほんとに最近台湾でのライブとかも増やしていて、台湾や中国での東方の人気というのも増しているようなのですが、アメリカやヨーロッパへの進出はまだ聞きませんね。これはそもそもできるのかなー、youtubeでハルトマンの妖怪少女を聞いたヨーロッパのゲーム音楽制作者の方がびっくりするという動画がありますが、ほんとにあれくらいですもんね。個人的には欧米には合わない音楽なんじゃないかなと思います。中島みゆきとかユーミンとかあの辺の昭和の古き良きJ-POPが欧米に進出していないのがその理由ですね。
一方でボカロは欧米に進出してますよね。最近だと、欧州、アジア、北中米でライブをしたり、あとは海外のボカロPの方も出てきたり、やっぱり元が電子音楽ってこともあって受け入れられやすいのかなと思います。
4.おわりに
4-1.今回触れなかったこと
4-1-1.人間が歌うかボーカロイドが歌うか
めちゃくちゃ重要な話ではあるんですが、なんかこれを言い出すと議論が終わってしまうリスクがあるんですよね。ってか、そもそも歌うのが前提かどうか(歌詞があるかどうか、誰が歌うか)の議論すらできてしまうわけで、んーでもこの差って正直東方とボカロではない気がするんですよね。J-POPとボカロの違いの議論をすると、たぶんボカロの声質が無理とか好きとか、人が歌っている方がいいとか、そういう議論になると思うんですが、直感的に今回の議論だとそこってそんなにない気がするんですよねー。東方好きでボカロの声質が嫌いですって人けっこういたりするのかな、気になります。
4-1-2.ファン層の被り
私の疑問の根本はここです。Twitterとかで、プロフに~が好きみたいなの書いてる人、結構いるんですけど、それだと東方とボカロのキャラ両方好きみたいな人多いんですよね。特に絵師さんとかにいるイメージですね。ただ、音楽の方だと両方知ってる、両方に興味がある人ってほんとに少なくて、やっぱり今まで述べてきたような両者の違いによって、音楽の面ではファン層もだいぶ異なるのかなと思ったりします。でもじゃあ両方好きな人は音楽にはあんまり関心がないことが多いのか?とかいろいろ気になりますね。ただこれはちゃんと数的な調査をしないと議論しても意味がないので、いつか調べてみたいテーマの一つです。
4-2.これからの可能性
2000年代前半から始まった東方の音楽文化と2007年から始まったボーカロイド文化、どちらもそれをはぐくんだのはニコニコ動画ですが、ここまで見てきたように、両者はニコニコの音楽文化の中で双子のような立ち位置にありながらその性格が正反対なんですよね。結論から言うと個人的に両者の音楽が交わることはこれからもほぼないんじゃないかなーって思います。それは、キャラをPに寄せるか、個人の想いをキャラに寄せるかの違い、あるいは東洋的か西洋的かの違い、そのあたりを埋めるのが難しすぎるんじゃないかなってのが理由です。個人的にもやっぱり「東方が聞きたい時」と「ボカロが聞きたい時」ってのがあって、両者が交わることってなかなかないんですよね。でももしかしたら両者をつなげるような新たな何かがこれから生まれるのかも。期待してます。
ここまで読んでくださった皆様、当日に数時間かけて急ピッチで仕上げた文章で申し訳ありませんでした。またこのテーマについては進歩があれば来年もかけたらいいなと思っています。
明日は24日、ついにアドカレもあと2日になりました。明日の記事もどうぞお楽しみに。